コラム
「年収の壁」いつまで? 働き控え、助成金で解決せず
コラム2023.07.10
パート主婦が働く時間を増やすと世帯の手取りが減る「年収の壁」問題が注目を集めている。働き控えを生み、人手不足の要因となっているためだ。国は手取りが減らないよう助成金を設ける方針だが、矛盾の解消には社会保障制度の改革が必要だ。3つのグラフィックとともにみていこう。
- (注1)上の年収の壁は、一般的なパート労働者のケース。住民税は壁が異なるエリアもある
- (注2)下の手取り試算は、夫の年収が500万円、妻と2人世帯のケースで野村総合研究所の試算をもとに作成。企業が支給する月1万7000円の家族手当は妻の年収が103万円を超すと停止になる前提
年収の壁とは、主に会社員の夫に扶養される専業主婦がパートで働くときに直面する問題だ。パート主婦は年収が一定額を超えると、年金や医療の社会保険料を負担しなくてはならなくなる。その境目が従業員101人以上の企業で年収106万円、100人以下で130万円となる。
社会保険料の負担が手取りに与える影響は大きい。106万円の壁の場合、壁を超えると手取りは15万円程度減ってしまう。税納付から生じる壁もある。住民税は年収100万円、所得税は103万円を超えると納付が始まる。年収が150万円を超えると、夫の税負担を和らげる「配偶者特別控除」も減る。こうした壁を避けるために就業時間を減らすパート女性が多くいる。
(注)「収入なし」と「不明」の人を除いて集計 (出所)2016年パートタイム労働者総合実態調査より野村総合研究所集計
政府は壁による手取り減を穴埋めする助成金制度を年内にも設ける。雇用保険料を財源とし、助成額は1人あたり最大50万円となる見通しだ。
助成金は壁そのものをなくすわけではない。従来、自身で社会保険料を負担してきた自営業者の妻らは支援対象にならず、不公平感も強い。
そもそも配偶者の扶養に入ることで社会保険料を負担せずに年金給付を受けられる「第3号被保険者制度」の存在こそ、壁ができてしまう根本の要因だ。政府は今後の年金制度改正で、同制度の見直しも視野に入れる。
企業も壁の当事者だ。従業員の配偶者の年収が一定額を下回るうちは生活補助として家族手当を支給する企業は多い。働き控えを生む給与制度の改革も求められる。
なぜ「壁」ができたの?
昭和期には一般的だった「サラリーマンと専業主婦」世帯の生活を安定させるためだ。専業主婦の収入が一定以内なら、年金や医療の掛け金(社会保険料)を払わなくても給付を受けられるようにした。1980 年代までは専業主婦世帯が共働きを上回っていたが、90 年代以降は逆転。2022 年には共働きが1262 万世帯と専業主婦(539 万)の2.3 倍となり、かつての社会的意義は薄れている。
「壁」がなくなるとどう変わる?
パートで働く女性が壁を意識せずに働けるようになり、就労時間の増加が見込まれる。東京大学の北尾早霧教授らは保険料の免除や配偶者控除などの壁がなくなれば、1960 年代生まれの女性の平均年収が約30%高くなると試算する。野村総合研究所によると働き控えがなくなればパートらの収入増や生産拡大により、経済効果が8.7 兆円に及ぶという。
他の国はどうしている?
参考になるのが英国だ。収入が一定水準を超えると社会保険料が発生する仕組みは日本と同じだが、「壁」を超えてからが異なる。日本の場合は壁を超えると一定の社会保険料率が収入全体に対してかかるが、英国では料率が適用されるのは壁を超えた収入分だけだ。負担が坂のように緩やかにしか増えない仕組みにすることで、働き控えを起こりにくくしている。
(ダイバーシティエディター 天野由輝子、杉山恵子、グラフィックス 渡辺健太郎、内海悠)
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